読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

お金と紙の要らない大学受験

予備校講師をしていました。今までに参考書を300冊くらい見てきたので、優れた参考書を見つけ、選ぶのが特技です。お金の要らない受験・紙を持たない受験を可能な限り目指してます。

手塚治虫のブッダを読んで自分を捨てるに影響を受けた

捨てることが好きだ。

 

捨てた後に感じるあの解放感のようなものが何とも言えない。自分が身軽になった気がする。こんなに少ない荷物であれば、どこにでも行けるのでは無いかと思う。

 

そんな高揚感が好きだ。

 

実際、引っ越しの準備にしても、引っ越した後のモノの配置にしても、ものが少ないと短時間で済む。(ちなみに今の僕の荷物は車のFITの後部座席とトランク分ぐらいだ。布団も含める)

 

かつ、部屋を綺麗にするにも短時間で済む。ものが多いと、動かす手間も増えるし綺麗にしないといけないものも増えるからだろう。

 

そんなこんなで捨てるという行為が好きな僕だが、つい最近手塚治虫のブッダを読んでいて驚かされたフレーズがある。

 

それが、自分を捨てるというフレーズだ。

 

いろいろ捨ててきたが、自分を捨てているかと言われたら微妙だった。また、それと同時に自分を捨てるとは何かを考えた。

 

・何かのために自分の時間を使う

・何かのために自分のお金を使う

・何かのために自分の能力を使う

 

そんなことではないだろうか。だが、つまるところ全ては自分の時間を使うというところに行き着く。お金を稼ぐにも時間は必要だし、能力を発揮するのにも時間は必要だ。

 

何かのために自分の時間を使うということは、自分の人生をその何かに使っていることに等しい。

 

そう考えると、時間の使い方はとっても重要である。有限だからだ。

 

 

だからこそ、私も含め時間の使い方に皆慎重になるのだろう。それをなげうってまで何かをするのなら、その見返りとして何かが手に入らないと嫌になるだろう。

 

だからこそ、受験で言えば合格保証なるものが流行る。お金は取り戻せても、使った時間は取り戻せないのだが。

 

それらを踏まえたうえで、ブッダは自分を捨て他に生きた。

 

病気の人がいれば、1年掛けてそれを治した。その1年を、まるまる全て費やした。まるまる全てとは、寝る以外の時間を全てということだ。

 

最終的に、他に教えることに生涯全てを費やした。

 

「これが上手く行かなかった時、怖いからこれもしておこう」と考え、リスクヘッジを行う人は多い。それ一本になることは、怖い。

 

だが、それを投げ売ってまであることに注力することが出来たブッダは、やはり凄いと思った。

 

自分を捨てる。自分の人生の時間を捨てる。うーむ。奥深いし、決めがたい。

 

 

 

 

まあ、ブッダは王様の息子だから金持ちだったんだろうけどね。

 

 

自分を捨てるに感化された日だった。

広告を非表示にする